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Vol.54
疑心暗鬼の相互関係を修復して!

 

 


疑心暗鬼の相互関係を修復して!

 
 

つきあい始めてからそろそろ2年になる青年がい る。青年は精神障害があるという。高齢になった
母親の手には負えないと云うことで、私がその母親 と青年の間にはいり、青年の言葉に耳を耳を傾けな
がらいつの間にか月日が経ってしまった。
間もなく40歳になるその青年は、経済観念がな く、今のままで一人で社会生活を送っていくことは
到底できないであろうことは周囲の関係者の誰もが 納得しているのだが、日常の生活を見ていると健常
者の目には「怠け者」としか受け止められかねない 状況にあることは、あいだに立つ私にとってもとて
も悲しく辛いことでもある。
なぜならば、毎日、多量の精神治療薬を服用して いるため、倦怠感によりまったく集中力はなく、本
を読むことさえままならない状況である。だから企 業に入って機械に囲まれて働くことなど到底不可能
なことなのであって、私もあえてそのことを口にし ないようにし、いつかその日が来ることを精神科医
の判断にまかせるしかないと考えている。
一緒にいるときに注意深く見ていると、街を歩い ていても、車の助手席に乗っていても、動きの早いもの
に驚き目を閉じる。バイクの大きな音やヘリコプターの エンジン音やパトカーのサイレン音に怯えて、遠い過去 の何かがフラッシュバックしてくるようで、大きな身体 なのに肩をすぼめ縮こまってしまう。そのことは、自分 でも辛いらしく薬物依存症がなせる結果なのではないか と、多量の治療薬の服用が気になっている。
時々、厳しく叱責する私とのやりとりがあったりする と私を排除することを画策したりもするが、叱責した私
の本意が理解できてくれると、実に可愛そうなぐらいに 素直に自分の気持ちを吐露してくれる。
親族や私に対して疑心暗鬼になっている青年の気持ち を平常心に取り戻すには、相互の交流を一定の関係を維 持しながら修復していく意外には見あたらないように思 うのです。


 

●こんな私に誰がした???

 
 

少年時代から精神科医の診療を受けていた青年は、問 題を起こすと入院という処置によって精神を修復してき たと語ってくれた。入院治療によって、果たして自分の 病気が良くなったのかどうかは自分では判断できないこ とを大きな課題として悩み続けているようだ。
「問題を起こすと精神科の病院で入院加療……」とい うトラウマの中で、親族や周囲の人々の言動や視線に怯 え、しばらくはじっとしているのだがそれに耐えきれな くなると再び爆発する精神状態に、自分自身が疲れ切っ ているようでもある。
「僕はもう用のない人間なのかなぁ〜?どうしたらい いのか分からなくなっちゃう…どうしたらいい?
教えて!!」と、号泣しながら訴えてくる。
「焦らなくていいんだよ…。1ヶ月が1日だ と思っていればいいんだから…。20年間で今 の君があるんだから1年2年で治そうなんて思 わなくていいんだから…」と応えつつも、ぶつ けどころがない青年の心の中の葛藤をどこまで受け 止めてあげられているのかが、私自身にとっても大 きな試練となって覆い被さってきます。
「今のままでいるのが嫌なんだ…。僕だって本当 は働きたいんだ…。分かってくれるよね…。
娘が成 人になればいつかは結婚するだろうし、そうしたら 俺なんか邪魔になるし…△×○×◇?×○」と云っ て、再び声を詰まらせる。青年と会って顔を合わせ るとしばしばこんな会話になってしまいます。
会わないときは辛くなると電話をかけてきます。
10分の時もあれば30分、50分と、とりとめの ない会話になります。「先生元気ですか?先生、こ
の間は嘘を言ってゴメンネ。(お酒を飲んでしまっ たこと)何でも話していいんだよね。
一人にしない でよね。辞めないでよね…」と、何かがあったのか と私が心配になるほど気を引くようなことを言い続 けるのは一体何なんだろう?


  ●お墓参りで見えてきたこと

 
 

ある日、青年の家に行ったときのことだ。玄関の 扉をたたくと部屋の中から待ってましたとばかりの 勢いで慌てて扉を開けてくれた。小さな子供がまと わりつくかのようにされながら部屋に入ると、たたまれ た濡れ雑巾と線香の香りがしていて、どうやら仏壇を掃 除していたらしい。私も…と、仏壇の線香をあげさせて
もらい合掌して「開経偈」を…。
「ねぇ、お墓まで何分ぐらいで行かれる?」「30分 ぐらいかな〜」「よし、今からお墓に行こう!」そう云っ
て青年の方を見ると目を丸くしていたが、彼もすぐにお 線香とライターの準備の支度をしはじめた。そろそろ夕 暮れ間近の墓地に着く。カーテンを閉めかけていた入口 の花屋に立ち寄り、青年の案内で墓地に向かう。そこは 公園墓地で深まりゆく秋風で枯れ葉が舞っていた。
墓前に献花する青年。そして線香に火を付けると白い 煙がスーっと青年の身体にまとわりつくようにして夕空 に消えていく。そして2人が献香を終えると私の携帯電 話が鳴った。誰だろう…。

発信者を見て驚いた。青年の 母親からの電話だった。
なぜ?こんなにタイミングよくお墓の前にいるときに …。偶然にも…。

不思議なことがあるものだ。電話を青 年にあずけ母親と会話しているあいだに「開経偈」「方 便品」「寿量品」…「宝塔偈」と、いつものように読経 させていただく。私はゴテゴテの信仰者ではないが、い つも日蓮宗の携帯経本を持ち歩いているのでいい具合で した。同じ日蓮宗でも青年の家は少し違うようだったの
ですがどこかで通じたのかも??
この時ばかりはこの青年も「先祖に守られている」と いう実感を持ったようで、暗くなりかけた道を歩く青年
の姿は背筋が伸びて頼もしくさえ見えた。