ある日、青年の家に行ったときのことだ。玄関の
扉をたたくと部屋の中から待ってましたとばかりの
勢いで慌てて扉を開けてくれた。小さな子供がまと
わりつくかのようにされながら部屋に入ると、たたまれ
た濡れ雑巾と線香の香りがしていて、どうやら仏壇を掃
除していたらしい。私も…と、仏壇の線香をあげさせて
もらい合掌して「開経偈」を…。
「ねぇ、お墓まで何分ぐらいで行かれる?」「30分
ぐらいかな〜」「よし、今からお墓に行こう!」そう云っ
て青年の方を見ると目を丸くしていたが、彼もすぐにお
線香とライターの準備の支度をしはじめた。そろそろ夕
暮れ間近の墓地に着く。カーテンを閉めかけていた入口
の花屋に立ち寄り、青年の案内で墓地に向かう。そこは
公園墓地で深まりゆく秋風で枯れ葉が舞っていた。
墓前に献花する青年。そして線香に火を付けると白い
煙がスーっと青年の身体にまとわりつくようにして夕空
に消えていく。そして2人が献香を終えると私の携帯電
話が鳴った。誰だろう…。
発信者を見て驚いた。青年の
母親からの電話だった。
なぜ?こんなにタイミングよくお墓の前にいるときに
…。偶然にも…。
不思議なことがあるものだ。電話を青
年にあずけ母親と会話しているあいだに「開経偈」「方
便品」「寿量品」…「宝塔偈」と、いつものように読経
させていただく。私はゴテゴテの信仰者ではないが、い
つも日蓮宗の携帯経本を持ち歩いているのでいい具合で
した。同じ日蓮宗でも青年の家は少し違うようだったの
ですがどこかで通じたのかも??
この時ばかりはこの青年も「先祖に守られている」と
いう実感を持ったようで、暗くなりかけた道を歩く青年
の姿は背筋が伸びて頼もしくさえ見えた。
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