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Vol.42
18ヶ月も続く経常損失なのに…?
 

 

 

18ヶ月も続く経常損失なのに…?

 
 

創業してから20年。
脱サラして輸入雑貨の販売会社を設立した社長は
中学時代の同級生でした。

親しい同級生だったので
毎月【RFCレポート】を送っていた読者のひとりでした。

ある時、
その友人から電話があり…
会社のことで相談したいことがあるので時間をとって欲しいとのことでした。

休日に事務所にやってきたのですが、
事務所に来る時には問題が分かるように資料を整理してきて欲しいと、
必要な資料をリストにして
FAXで送っておきましたが、
彼が持ってきたのは小さなメモ用紙に走り書きした程度のものでした。

5期分の決算書、
直近の試算表、
債務一覧表、
資金繰り表などの準備をしていません。

小さなメモ用紙に書いてあったのは、
返さなければならない街金融に対する金額だけで、
会社の全体像を確認できるものは一切ありません。

友人とはいえ…
この状態で相談されても具体的な話しなんかできません。

帳簿を整理しているという奥さんと一緒に、
前述の資料を準備して再度来るように約束して帰って貰いました。

会社の危機を相談するのに、
象のしっぽだけ見せて…
それで何とかして相談に乗って欲しいといわれても…無理です。

友人は、翌週になっても来ませんでした。

気になったのでこちらから電話すると…
「いま資料を整理しているから…」
ということでしたので
「整理しないでいいからそのまま宅急便で送るように…」
と言ってようやく資料が揃いました。

3日間かけて資料を整理し…
直近の試算表と資金繰り表の準備が整いました。

月次の損益は連続18ヶ月間マイナスが続いていました。

月次損失の累計は1000万円を超えていたので、
その資金をどこから調達してきたのかが一番の問題点です。

資料の準備ができたところで、
夫婦揃って事務所に来て貰いました。
借入と返済とを繰り返してきた経緯を
彼が書いていたメモ用紙と照合しても金額が一致しません。

信用金庫からの借入金は、
自宅が担保になっていることと、
社長個人、妻と妻の母親が連帯保証人になっていました。

売上が急減…
ますます資金繰りが苦しくなる。

すでに銀行からの借入ができなくなっていたので、
電柱に貼られている街の消費者金融のチラシがやけに目にとまり、
ふらふらと誘われるように街金融のドアを叩いたとのことでした。

18ヶ月も経常損失が続いているのに、
何でこれまで頑張ってきたのかという社長の行動が一番の疑問でした。

妻の父親が病で伏していることが大きな理由で、
自宅が母親との共有名義であるため、
もしも会社が破産になれば
預貯金の持ち合わせのない連帯保証人の母親の立場では、
自宅を処分するしか返済の方法が見あたらなかったから…
というのです。

だから…苦しいながらも借入を繰り返し、
返済を続けてさえいれば、
そのうち仕事が盛り返して返済できるようになるのではないかと
考えていたようでした。


 

社長の外出は…資金繰りに走る毎日だった

 
 

自宅兼事務所にいれば督促の電話がかかってくるし、
お客様の会社に行って打ち合わせをしている時も
携帯電話に督促の電話がかかってきて、
思うように仕事に打ち込むことができなくなっていました。

それどころか、
調達してきた資金のほとんどは返済にまわってしまい、
商品を仕入れる資金の捻出さえ難しい状況になってきていました。

古くからの取引先からの入金は
仕入資金として計画を立てていたのですが、
売掛先から入金したのが
借り入れ返済が遅れていた信用金庫の口座だったため、
信金が一方的に借入と相殺処理をしてしまい、
仕入の資金がますます逼迫した状況になってしまいました。

そんな状態でしたから…
当初私の所に相談に来た時も…

「何処かでお金を貸してくれるところはないだろうか」

という相談をしたかったようで、
資料を纏めるとか…
信用金庫と折衝するとか…
両親に実情を説明するとかする
といった積極的な解決方法に向けて取り組む姿勢など、
考えの中にはありませんでした。

私の事務所で打ち合わせをしている1時間半の間にも、
取り立て催促の電話が頻繁にかかってきており、
その都度…
「後で折り返し電話するから…」
と言って、その場を取り繕う状況でした。

リスク・カウンセラーとして、
返済の当てのない借金の方法を教えることもできないので、
信用金庫との折衝の方法や両親に対する対応方法など
現実をとらえて対処すべきなのは、
むしろ事業再生や生活再生のための考え方や
準備の手順の要諦を繰り返し説明するのですが、
彼ら夫婦には再生の方法など一向に届きません。



  現実を見ようとしない社長と家族の行く先は…
 
 

2〜3回のそうしたやりとりを繰り返し、
親とは別に会社を経営している息子にも相談することになりました。

幸いにも、親の会社の連帯保証人にはなっていなかったので、
友人の会社の顧客との取引を、
息子の経営する会社で引き続き取引できるようにして、
顧客という財産を残したまま再起を図ることを提案していました。

息子の世話になることは、
息子の嫁に対しての羞恥心や屈辱感もあって、
友人は私のその提案をなかなか受け入れようとしないのです。

借金の返済にお金を回さなければ…
毎月150万円ぐらいは稼ぎ出せるだけの仕事をしているのに…
妻の両親に対する申し訳なさもあって…
私からの提案は、
頭では分かっていても身体が前に進まないのです。
 
「82歳になるご両親なら、きっと貴方より覚悟はできているよ…」と、
うつむく友人の背中を強く押すと…

「わかった!坊主頭にして両親と息子に事情を話してくる…」

という答えが返ってきました。

これなら…
家族が一丸となって再生の方法を選択できるもの…
と期待していました。
 
前向きの方法を導き出したところで、
家族は帰っていったのでホッと一段落したと思っていました。

でも…その後、
彼からの連絡が途絶えてしまいました。 
先月も…
友人に送付した【RFCレポート】も戻ってきてしまいました。

今でも…心配で気分が落ち着きません。