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Vol.37
有ることの貧しさ…。無いことの豊かさ…。
 

 

 

●有ることの貧しさ…。無いことの豊かさ…。

 
 

アパートの6畳の部屋に親子9人が生活していた。祖母、両親、子供たちの何となくサバイバルな感じの生活が始まりました。もちろん風呂もありません。

トイレとお勝手が共同で、水はアパートの外にあった手押しの井戸から汲んできていた。井戸の水は鉄錆が混じっているらしく、掌に掬うと赤い浮遊物がみえそのまま飲み水としては利用できません。手ぬぐいで作った袋を井戸の蛇口に被せ、そこを通した水は4斗樽で作った濾過装置を通してやっと飲み水になる。

4斗樽の底には墨をきれいに敷き詰める。その上に網状の棕櫚の皮を敷き、更に砂を5cmぐらいの厚さに敷き詰める。墨、棕櫚、砂の層を2段重ねて最後に棕櫚の皮を被せて出来上がります。1ヶ月に一度、その濾過装置の清掃をします。一段ごとにきれいに洗います。鉄錆で真っ赤になった墨はタワシで洗い落とし再び元に戻します。初めは大人達の仕事でしたが、幸いにも兄弟が多かったので子供達は結構その作業を楽しみながらやれるようになっていました。

やがて、四畳半の部屋をもう一部屋借りられるようになり、少しだけゆったりと寝られるようになりました。

ひと部屋増えたときのことは今でも忘れません。

まだ何も置いていない部屋に仰向けになり…開け放ってある窓から空を仰いで見たときの真っ白な流れる雲…、その頃、母が口ずさんでいた「私の青空(My blue heven)」という歌が遠いどこか柄聞こえてくるような気がしました。

〜♪〜夕暮れに 仰ぎ見る 輝く青空。日が暮れてたどるは我が家の細道。〜♪〜狭いながらも 楽しい我が家 愛の火影の さすところ 恋しい家こそ 私の青空。〜♪〜

今でもこの歌を聴くと目頭が熱くなってくるのですが、仕事やプライベートで辛くなったときに心の傷を洗い流してくれる神聖な清浄水のような歌です。


一番下の妹が5歳になった頃のある日に高熱を出し、数日間にわたっていた高熱は治まったものの手足が思うように動かせないという状況になっていました。すぐに入院することになり、「脳性小児麻痺」という残酷な診断結果が両親に言い渡されました。医師に一縷の望みを託しましたが、脳の手術に挑んでくれた医師から手術による治療が無理であるとことを告げられ、家族に見守られながらの生活が始まりました。

これといった治療もできないまま家族が交代で看病にあたる日々が続きました。徐々に言葉も事由に話すことができないようになり、自由に歩くこともできなくなると家の中では這って移動するようにしていましたが、やがて妹は寝たきりの生活になってしまいました。

いまにして思うと、その瞬間が、妹が「神様」になったときだったのだと感じてなりません。

それでも、親にとっては子供が多かったのは何よりのことでした。兄弟姉妹だけでなく、その友達までもが妹を気遣ってくれたことを思い起こすと涙が出てきます。いつも遊びの輪の中心には寝たままの妹がいました。何にもなかった小さな部屋でも、明るく大きな笑い声がいつも絶えませんでした。



 

銀(しろがね)も金(こがね)も
  玉(たま)も何せむに 勝れる宝子にしかめやも

 
  そして、妹は多くの人に看取られながら23歳で他界しましたが、真っ青に晴れわたった告別式の日、真っ白で柔らかな…ゆったりと流れる雲から雲へと…天に昇って自由に走り回っている姿が見えました。

「銀(しろがね)も金(こがね)も玉(たま)も何せむに勝れる宝子にしかめやも」

狭い我が家の柱には、何故か「山上憶良」のこの歌を書いた短冊が掛けられ、鴨居には「教育勅語」の額が掛けられていました。

毎日、川の字になって寝るたびにそれが視線にはいるように掛けられていました。「朕惟フニ…(中略)…臣民父母ニ孝 ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ…」と文語体の文章を読んで聴かせられました。もしかしたら意図的にそこに掛けていたのかも知れません。

母は、近所の人にも、家にたずねて来る人にも、私たちの友人に対しても、平然と子供自慢をしている人でした。子供の数が多いこともこの上ない自慢のようでした。亡くなった妹のことも「笑顔が素晴らしい子なんですよ…」を嬉々として自慢話をしていました。隠し事があったりすると、子供ながらにも多少の後ろめたさを感じる時もありました。

リスクカウンセラーとして相談を受けているのですから、どんなご相談でも全てを私にお話ししてくださることは信頼関係が築ける第一歩だと思っています。

でも、家族のことや、事業のことで相談に来られる方々とお話ししていて、自分のお子さんのことを酷い言葉でクソミソに言う親御さんの話を聴くことがしばしばありますが、そんな方のお話しを聴いているととても悲しくなってしまいます。

「子は親の鏡」と言う言葉を思い出すと、自分自身でも恥ずかしくなることがいっぱいありますが、せめて…、子供のことは精一杯の気持ちで、親として沢山褒めてあげなくてはいけないのだと思います。

何もなくても幸せな家族、そして豊かな心を持っている人は、親が子供を褒めてあげることから始まるのではないでしょうか。


  ●有ることによって…より欲しくなる心が生まれる?  
  お金、不動産、宝石、衣装、自動車、美貌(?)…、人間って、少しでも何かを持っていると他人の持ちものと比べたくなるのでしょうか。

「持っているものは失いたくない」と言う気持ちが身体のどこかから湧いてきて、失うどころか、他人より少しでも多く欲しくなるという気持ちになってくるのでしょうか。

自分の私利私欲のために生きる人、相続財産を争うことも、法を犯してまで事業を拡大する社長、人を殺してお金を奪う人…そんな人たちを「貧しい心の人」と言いきってしまうのは過言でしょうか?。

多くの財産が持っている人、公職の高い地位にいる人、競い合い実力で名誉を勝ち取った人達をみたとき、「すごいね!」とは思うものの、その人が「心穏やかで豊か」かと言えば必ずしもそうだとは思えません。 心を病んでいることにさえ気づかない人が多いのではないでしょうか。

以前、「不動産とリスク」というテーマで講演をさせていただいた際のことです。
不動産に対するリスクを回避するために一番大切なことは何なのかという質問をいただきました。余りにも漠然とした質問であったのと、とっさの事だったのですが講師だから答えなければいけません。

思わず言ってしまったのは「不動産を持たないことです…。持たない人はリスクを考えません」と答えてしまいました。答にならない答だったのかも知れませんが、自分なりには今でもそう思っています。
何にも持たなくたって幸せは本人が感じ取るものですよね。

皆さんはどのように思われますか?