企業再生の相談に関わり始めてからいつのまにか20年になりますが、来社された500人超の経営者やその家族のほとんどが、債務額の大小や債権者の数に関係なく、すでに深い精神的ダメージを負っています。
社長は、自分が決定してきた取引先与信の判断の甘さや、経営改善を怠り、借入金を膨張化させたこと、そして“見栄”を捨てきれずに大きな社長室に籠もっていたことなど、過去の経営判断の過ちを懺悔し、配偶者は、一連の社長の行動を見て見ぬふりをして豊満生活を共に享受してきたことを悔やむが、いつまでもその状態にとどまっているわけには行かないのです。
そんな状況になったとき、何よりも大切になってくるのが“今を生きる力”なのです。
銀行に残っている預貯金も、子供のために掛け続けてきた学資保険も、すべてが債権者のものとなってしまうと説明されてから慌てふためいていたのでは、経営者や家族たちが立たされている立場の現実を、余りにも理解できていないとしか言いようがないと思うこ
とがしばしばあります。
会社がなくなったとき、『家族を守る』にはどうしたらよいのか?、家族の健康は?、明日からの生活の糧はどのようにするのか?、子供達の進学は?…と、今をどのように切り拓いて生きるかという力でもある“人間力”を身につけているかによって“企業再生”“企業再起”の道のりが大きく違ってくるようです。
失うものがない人は強くなれる…とは言いますが、失ってもいい物(見栄の象徴ともいえる物)は失う前に自ら手放しておくべきで、後生大事に抱えていたのでは“今を生きる力”を発揮できなくなりますが、失ってはいけないものは人生という長い道程のなかで培ってきた“人間関係”なのだといえます。
言い換えれば、負い目を感じなくてすむ場所があるということに他なりません。
過去を否定していたのでは新しい道は拓けません。失敗したことも、成功したことも、全てのことがその人の人格形成の骨格をなすものであって、それらの全てが“今を生きる力”になっているはずです。
●人は“誰かのために働く”と力が湧く
人間は自分一人では生きていけません。
東日本巨大震災で、全世界から投げかけられた言葉“All for one,and one for all.”(『ダルタニャン物語』からの引用?)は、 多くの人の心と脳裏に深く残っていますが、表現は簡潔ですが、いざ実行となるとなかなか難しいものです。
再起・再生をかけて強い想いをもって前進する経営者の旗印となるのは『厳しい環境下で働く社員のため、心配を掛けている家族のため、信頼関係でつながる取引先などへの恩に報いるため…』であると確信し、信念をもって前進するその姿に、人々の心が動きだします。
経営者だけでなく、我々は平時から人と人との絆の大切さに気づいています。縁ができた人に対して自分には何が出来るのかが見つけられたとき、感動にも似た熱いものが身体中を駆け巡ります。
●社長が変われば…会社が変わる!
再生できた会社の経営者は、自ら先頭に立ち、社員や関係する周囲の人々の苦言にも積極的に耳を傾け、五感と人間力と「飛耳長目」を働かせ、溢れる熱い情念が会社の姿を大きく変えていくのです。
『社長が変われば…会社が変わる!』と言う言葉がありますが、これを逆に言い換えれば、社長が変わらないから会社(社員)が変わらないのであって、営業実績が思うように達成できないことを社員のセイにしているようでは、会社の再生はかなり難しいものになってきます。
社長のプライドを傷つけないようにという配慮は『裸の王様』になっているだけで、会社のためにはなりません。変わらなければならないときは、経営者が率先し、誰の眼にも見えるように大きく変わることと、社員達の創造力という底力を借りて、社長と共に、一人ひとりの社員にも改革とカイゼンの意味と成果が体感できるようになってほしいものです。
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