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Vol.106

 

●時には「無能」を装い、じっとしていることも…

 
 


 かつては隆々と栄えていた経営が行き詰まり、

やむなく事業の縮小をしなければならない事態に陥ったとき、

経営者はこれまでに体験したことのない屈辱を体験し、

“切歯扼腕”の想いを内に秘めながらも自らの失態を認めなければならない状況に直面するが、

それでも、“経営者魂”はちょっとやそっとでは失せるものではなく、

眼の光り方で再起の想いの深さが十分に理解できる。

 少し前のことになるが……、

「いまや過去となった失敗をいつまでも悔いていることよりも、

その体験を今日の行動に生かし、今日一日の出来事を振り返り、

明日への行動指標に生かそう…」と、

毎日、欠かさず日記を書き綴っている経営者とお会いした。

 その経営者は物静かに語ってくださいました。

「今の私には、人々の風評に一喜一憂したりせずに、

ひたすらじっと堪えている状況でいなければいけないときなんです。

いろいろな事業へのお誘いをいただき事業資金まで準備してくださるというお話も戴きますけど、

大変ありがたいことだと感謝をしているのですよ。

まぁ、繰り返しになりますけど、

なにせ今は反省していなければならない時期なのですから、

例え“無能”“意気地なし”と揶揄されようとも、薄紙を一枚ずつ重ねていくような想いで、

健康であることに感謝して過ごしているんですよ…。

先生、“再起”のときは、相談に乗って下さいね!」…と。

●「起死回生」の時といえども、急伸は身を滅ぼす……

 十分過ぎるほどに永く静かな沈黙の時間を経て、

ようやく忌まわしい過去の雪辱を果たす時だと判断し、経営者は活動を開始した。

 二度と同じような過ちをしないことを自分自身の中にしっかりと刻み込み、

「起死回生」を果たそうと新たな一歩を踏み出す。

債務超過で事業を閉じる経験は初めてのことばかりだったから多々の混乱があったが、

起業は初めてのことではない。

 どのように準備をして、どのように事業を立ち上げ、

どのように軌道に乗せるのかは、過去の経験がものを言う。

 そこで、堅実な考えを持つ経営者は決して事業を拡大することはしないのだ。

急激に事業を拡大するということは間違いなく資金繰りが厳しくなる。

仕入資金が一気に増加し、人件費、賃借料、運送費、燃料費などが増加する。

 借入をしなければ資金繰りが回っていかないようになる。

一度、会社整理などの経験があると、

余ほどのことがない限り金融機関の与信枠を得ることは殆どできない。

 過去の失敗の原因は、返済の確固たるメドのない借入金を増やした結果、

返済に行き詰まったという失態があったわけだ。

 安定した資金繰りを続けて行くには、少しずつ蓄積して築いてきた内部留保金、

そして、第三者から募った増資による自己資本率を高める手段があることは知っていたので、

金融機関からの融資を受けずに経営する姿勢をとってきた。

●周囲に「無能」と思われながらも堅実な経営を貫く…

 「苦渋の決断ではありましたが、会社を整理してから3年間は過去の反省と準備のための時間だった…」

と語る経営者は、満を持して起業してからすでに2年。

 過去の隆盛時代を知る人たちはどんな事業展開になるのかを興味津々であったようですが、

その経営者は事業を拡張する様子はほとんど見られず、

むしろ愚鈍とも感じられるような行動に平然としている。

 「先生、売上高の大きさで経営を評価していた自分が恥ずかしいですよ!

売上高に執着するよりも効率よく利益を確保することを

教えていただいたことはしっかり生かしていますよ!」

 「それと、“事業が順調に進んでいるときほど、最も慎重に事業を見直せ!”

…という言葉も覚えていますから…」

 「周りの人は、私のマイペースの今の行動が以前とは

あまりにも違うので気になるらしくて…その反応を見ているのも楽しくて…」と、

満面の笑顔でカウンセリングルームを退出して行った。