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Vol.25
恩借りの限界を納得し…破産を決意する

     
  ●恩借りの限界を納得し…破産を決意する
 
 

 今に始まったことではないのだが、数ヶ月毎に資金繰りがきつくなり、資金繰りがきつくなると親戚や友人に頼んで何とか切り抜けてきた。 
 前回、拝み倒すようにして借りた時だって、まったく返済の当てもないのに借りられさえすれば後は何とかなるとしか思わなかった。でっち上げの資金繰り表を見せて何とか切り抜けてきた。 
 しかし、今度ばかりは今までとは状況が違うようだ。決済日まであと10日しかない。親戚や友人から借りたくても、今までに借りているお金も返済できていないのに、それでも貸して欲しいと頼みに行くなんて到底出来ない。
手元には決済の必要な資金の2割しかなく、8割を外部から調達しなければならない状況だ。例え今月を切り抜けたとしても、来月の資金繰りの状況もほぼ今月と同じ状況ではお金を貸してくれた人に迷惑をかけるばかりだ。
 リスク・カウンセラーは、資料を基にして3ヶ月、6ヶ月、1年、3年の事業計画を作成するのだが、肝心の売上の見込みを立てようにも、すべて担当者に任せきりで社長は実情を全く掴んでいない有様であった。
 時間がない。徹夜で資料を作り徹底的に社長と話しをする。社長の本音の気持ちを聴くことが一番大切なことだ。親戚や友人などから「恩借り」の方法でしか資金調達が出来なくなった現況を冷静に分析して、社長の決断を待つことにした。
 翌日、社長は破産することを決断した。
 手元にあった現金を持って弁護士の事務所に行った。直近の財務資料、試算表、財産一覧表、債権者リストなどを提示し破産に至るまでの顛末を説明、委任状への署名を済ませて必要な現金を渡して手続を終えホッとする。

 
     
  ●国破れて山河あり…城春にして草木深し  
 

 Xデーが来た。会社の入り口には、B4の用紙に弁護士の署名が入った「通知書」を張り出す。以下はその文面だ。

                通 知 書
 株式会社○○○○は債務超過により支払い不能に至り、当職が破産申立手続きを受任いたしました。
 今後は、いかなる理由たりとも、みだりに建物内への侵入、若しくは什器備品及び家財道具等を持ち去ることを固く禁じます。ご用のあります方は、当職宛ご連絡下さい。
 平成○○年○月○○日
     ○○県○○市○○区○○町○丁目○番○号
       電話番号 ○○○(○○○)○○○○
       ファクス ○○○(○○○)○○○○
株式会社○○○○・代理人  弁護士◆◆◆◆
 関係者各位殿

朝礼で社員を集め、破産の申立てをしたことを説明し社長は社員に対して謝罪をした。社長がXデーに行う最低限の儀式だ。経理担当者からは雇用保険や社会保険などの手続の説明と関係書類を配布する。この日から社員は債権者の立場に立つことを社長には説明しておく。
 債権者となる取引先に対して予め弁護士が受任通知書が送達されるようにしていてくれたので、取引先の数社が事務所に来ただけで、まったく混乱は起きなかった。

取引先との最低限の業務の引き継ぎを行い、社員たちは再就職先を探しに活動が始まる。 職種や社員の人柄などによっても違うが、結構、債権者である取引先からお誘いが来たりする場合もあるくらいだ。むしろ、社長は自分の心配をしておく方がいいですよ…とあらかじめ話しておく。
 間もなく毎日のように内容証明郵便が送達されてくる。『期限の利益の喪失』に関する書類や、『債権差押えの通知』とか…、郵便物はすべて弁護士事務所へ持参して状況報告をすることになる。

 会社が倒産すると、リース会社がリース物件を引き上げに来る。物品受領書と引き替えに持ち帰る現場に立ち合わなければならない。
 その他の什器備品類はほとんどがゴミになってしまう。机、椅子、ロッカー、パーテーション、減価償却済みのコピー機、古いバージョンのパソコン、資料のファイル等々、換価できるものはほとんど見あたらない。固定資産台帳に載っている本来なければいけない備品までもが見あたらない…。これはマズイ。
 以前は、残置物を引き取る業者に連絡すると幾ばくかの金銭をおいてゴミまでも持ち帰ってくれたが、昨今ではそうはいかない。昨今は有償となりお金を払わないと持ち帰ってくれない。リース物件の事務機器が撤去された事務所はファイルと紙ゴミの山になる。

 担当の事務員が残務事務整理をしている姿を横目に見ながら、社長は戦が終わり廃墟となった戦場のような状態の事務所の中を彷徨うように歩き回っている。
 どうしても…机の中、ロッカー、ファイルの中味を開いてみたくなる。床に散乱している事務用品類や書類などを拾い集めながら歩き回る。片づけるでもなく…小さなペンを見つけてポケットにしまったり…。

 社長は窓辺に立ち、外の景色に目をやる。…視界に入る車両や人々の動きは昨日までと何にも変わらない。むしろ以前より生き生きしているようにさえ見えてくる。あの時の事務所の中の活況は何だったんだろう。もう少し頑張っていたら…。社長にとって悔やんで止まないひと時でもある。そんな社長の姿を見たときは、見ないそぶりを心がけている。

 社長が拾い集める資料や小物は…大したものではない。でも…社長には思い出がある。事業が拡大するたびに古い物は廃棄し新しい什器を増やしてきたが、創立以来持ち続けていた思い出の詰まった小物だったりする。でも、そんな時間は大切にしてあげたいと思っている。
 こんな時に社長に云うのです。「後になってお金で買えるものに執着することは止めて、お金で買えるものは全て手放すようにしたほうがいいですよ…」…と。
 最後に、管財人に引き渡す保存書類を保管倉庫に運び、残置物がすべて持ち去られ空っぽになった事務所を社長に見せる時がくる。その時こそ、社長が過去と決別し新しい一歩を踏み出す為の最も大切な瞬間であると感じている。

 ある日、金融機関から一通の「書留」が送達された。購入してから2年が経ち、やっと落ち着いた頃だ。購入したマンションに対する『差押通知書』だった。一気に顔から血の気が引く思いだった。本当にビックリした。夫の事業の借入金の連帯保証人となっていたことも忘れかけていた。「何でなの…。私は離婚しているのに…」
 
  こうなってからリスク・カウンセラーに相談されても、連帯保証人の意味を説明してあげるほかなかった。あとは「いかにして、そこに長く住んでいられるか…」を一緒に考えてあげるしかない…。